駅に向かう途中に建つそのお宅は、我が家が成城に越してきてまもなく建った。大きな家に挟まれて成城では目立つ存在ではないが、石壁の瀟洒な造り、庭もガレージもついたゆとりの敷地は、よその町なら充分「豪邸」だろう。竣工してまもなく、三世代のご家族が暮らし始めた。幼児もお年寄りもいる見るからに幸せそうな一家だった。が、気づくとその家はいつの間にか空家になっている。ガレージからは車が消え、窓のシャッターも降りたままの日が続いた。おや、いつ引っ越したんだろう。ずいぶん急だったなと思っていると、まもなく、その家にまた明かりが灯るようになった。ガレージには同じ車種の外車が駐車している。ああ、戻ってきたんだ・・・と思ったが、どうも別の家族らしい。よく見かけたお爺さんの姿もない。おや、「売出し」の看板が出たこともないが、別の家族が買い取ったのかと思った。しばらくして、気がついたら、また空家になった。あれ? また引っ越したの? ガレージは空っぽだし、窓にはまたシャッターが降りている。よく見ていたわけではないので定かではないが、もしかすると間にもう一回家族が入れ替わったかもしれない。なぜ、定かではないか、空っぽになった家を見て、はたと思いついた。そうだ、この家には表札がないんだ。石造りの立派な門にも、その奥にあるステンドグラスを配したおしゃれな玄関にも、表札がない。ふつう表札をつけるようにデザインするものだが、その気配すらないのだ。考えたら、この家にはこれまで主の名前を示す表札が掲げられたことがなかったのだ。以前と同じ家族か別の家族か、分からなかったのも無理はない。古くから暮らすごく一部の住人を除くと、この街は意外と出入りが激しい。やってくるにも出て行くにも、それぞれの事情があるだろう。それにしても、表札も出さず、いつの間にか住人が入れ替わっているとは! 瀟洒な佇まいとは裏腹に、ちょっと怪しい。街並みの一軒一軒に、それぞれ秘められたドラマと人生がある。
※写真と文章は無関係です